2016年10月04日

<北海道三笠市>三笠ジオパークについて

今日は、政務活動の視察で北海道三笠市にきた。
<北海道三笠市>三笠ジオパークについて
三笠市は、札幌から東へ国道12号線で55kmほどの位置にある。
炭鉱で栄え1960年4月に6万3360人の人口がいたが、相次ぐ閉山で人口が激減。過疎が進む町となり、
2012年10月には人口が1万人を割り込んだ。

名産品や名物としては、三笠メロン・三笠スイカ・三笠たまねぎや三笠あすか梅の杜(旧三笠梅林邦梅園)の梅、
炭鉱史跡群、アンモナイト化石等がある。

地名の由来は、明治時代に存在した空知集治監の建物の裏山が奈良の三笠山に見えることから。

北海道では初めて、本格的坑内堀炭鉱の開業(石狩炭田発祥の地)、
最初の鉄道全通(手宮 - 幌内間 1882年)、
電話開通(手宮 - 幌内間 1883年)、
上水道の設置(ヌッパ水源地から空知集治監まで)が行なわれた地域である。

東西29.7㎞、南北24.0㎞、総面積305.52平方km
平成28年4月1日現在人口9,184人高齢化率45.9%

ジオパークは、「大地」を意味するジオと公園を意味するパークをあわせた造語であり、
大地の公園を意味する。

三笠ジオパークの特徴は、アンモナイトが海を泳いでいた一億年前から、
炭鉱まちとして栄えた現代まで、
一億年時間旅行が気軽にできる場所。

三笠ジオパークでは、世界的にも有名なアンモナイトをはじめとする一億年前の生命の進化、
石炭という大地の遺産の恩恵を活用しながら暮らしてきた炭鉱まち特有の文化を感じることができる。

こうした特徴を広く伝えるため、平成25年度に日本ジオパークネットワークへの加盟申請を行い、
日本ジオパークの一員になることができた。

三笠ジオパークは、市内全域を範囲とし、大地の遺産、
特に石炭を活用しながら暮らしてきた営みと地質との関わりについて
楽しく知ることができる仕組みを作る取り組みである。

活動内容としては、
ジオツーリズムを意識した導線、解説看板等を念じ的に更新する。

(つづく)

三笠市は、札幌から東へ国道12号線で55kmほどの位置にある。
炭鉱で栄え1960年4月に6万3360人の人口がいたが、相次ぐ閉山で人口が激減。過疎が進む町となり、2012年10月には人口が1万人を割り込んだ。
名産品や名物としては、三笠メロン・三笠スイカ・三笠たまねぎや三笠あすか梅の杜(旧三笠梅林邦梅園)の梅、炭鉱史跡群、アンモナイト化石等がある。
地名の由来は、明治時代に存在した空知集治監の建物の裏山が奈良の三笠山に見えることから。
北海道では初めて、本格的坑内堀炭鉱の開業(石狩炭田発祥の地)、最初の鉄道全通(手宮 - 幌内間 1882年)、電話開通(手宮 - 幌内間 1883年)、上水道の設置(ヌッパ水源地から空知集治監まで)が行なわれた地域である。
東西29.7㎞、南北24.0㎞、総面積305.52平方km、平成28年4月1日現在人口9,184人高齢化率45.9%

ジオパークは、「大地」を意味するジオと公園を意味するパークをあわせた造語であり、大地の公園を意味する。
三笠ジオパークの特徴は、アンモナイトが海を泳いでいた一億年前から、炭鉱まちとして栄えた現代まで、一億年時間旅行が気軽にできる場所。
三笠ジオパークでは、世界的にも有名なアンモナイトをはじめとする一億年前の生命の進化、石炭という大地の遺産の恩恵を活用しながら暮らしてきた炭鉱まち特有の文化を感じることができる。
こうした特徴を広く伝えるため、平成25年度に日本ジオパークネットワークへの加盟申請を行い、日本ジオパークの一員になることができた。

三笠ジオパークは、市内全域を範囲とし、大地の遺産、特に石炭を活用しながら暮らしてきた営みと地質との関わりについて楽しく知ることができる仕組みを作る取り組みである。

活動内容としては、ジオツーリズムを意識した導線、解説看板等を年次的に更新、国・市指定文化財に登録している物件などの保護・保全、ジオツアーの開催、市小中学校における地域科授業による郷土愛の醸成、教育旅行の実施、ガイドの養成等を行っている。

基盤整備に今まで1億9000万円かけているが、回収するのに10年はかかる。

ジオパークの活動は、経済効果と人づくりが両輪であり、子供たちが将来の三笠市で働き、住んでもらうための担い手づくりでもある。
こうした取り組みは、なかなか数値化できないものである。

ジオパークのことは、小中学生全員知っていて、ジオパークをイメージした缶バッジコンテストを行い、子ども達が競い合って、親御さんたちが投票しており、保護者も巻き込んだ取り組みとなっている。

中学生が小学生にジオパークの解説員になるなど、子どもたち同士で勉強し合う活動ができている。市外の先生も多く、先生にも好評である。

ジオパークの登録ガイドは、炭鉱遺産や地質のことも知らないといけないので辞めた方も多い。ボランティアは、市民と市外の方が半々。17人で退職された方が多い。職員6人もガイドとなっている。
また英語で説明できる人も4人いる。ALTのサポートも入れながらやっている。
観光客は、年間99万人で、65万人が道の駅の利用者、30万人がジオパーク関連である。
北海道の鉄道発祥の地であり、小樽と連携も考えている。
美瑛・中富良野でジオパークを目指しているので連携している。
炭鉱遺産関係で北海道の関係自治体と日本遺産を目指している。
よく夕張市と連携してやればとの話をもらうが、夕張市と一緒にやるほど余裕がない。自分たちを光らせるのでいっぱいいっぱいとのことである。

現在、少なくとも毎年1500万円ほどの予算を投じており、市議会議員の皆さんも最初はジオパークに予算をつけることに厳しかったが、最近は、理解を示してくれている。
三笠市は助け合いをしていかないと成り立って行かない。そうしたまちづくり、担い手づくりにジオパークが貢献している。

三笠市は、積極的な行財政改革を行い、170億あった借金を半分にし、340人いた職員も半分にした。
また、積極的な子育て支援施策を行い、給食費無料、保育所無料とし、社会動態でプラスになった。
企業誘致の取り組みも行っては、いたがうまくいかず、まずは市内の企業をしっかりつかんで広げていくようにしている。

ジオパークの効果として、ツアーの受け入れ状況は、24年度が個人団体等が7、教育旅行が3校(118人)で合計195人であったのが、28年度には個人団体等が34、教育旅行が14校(905人)で合計1,716人となっている。


<考察>
清水町も3年前に伊豆半島ジオパーク加わり、柿田川、丸池、本城山の3つがジオサイトとなっている。
三笠市は、単独でジオパークとなっており、市一丸となってジオパークに取り組んでいることを学べた。
観光とは、その土地の人々が、自然や文化など何を大切にしてきたを知ることだと考えるが、三笠市は、まさにジオパークを通して、地域の自然と文化を大切にし、観光客はもちろん、子供たちにもしっかり伝えていこうという縦軸の重要性を感じた。
三笠市では、ジオツアーを主催して企画しているが、私も以前、議会で柿田川を活用したエコツーリズム、ボランツーリズムを提案した。
清水町でも柿田川をより町外の方に知ってもらうためのツアーを町として、積極的に企画してはどうかと思われる。
今月の日本ジオパーク伊豆半島大会が開催され、当町でも箱根山を巡るコースとともに柿田川を見学するジオツアーが組まれた。
今大会だけではなく、近隣市町と積極的に連携して、こうしたジオツアーを開催し、伊豆半島ジオパークの活性化につなげてもらいたい。












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Posted by 清水町議会議員 松浦俊介 at 18:09 │視察・研修観光・MICE

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